物への愛着

投稿 2011年09月22日 | ひとりごと | hotall

最近、長く使っていたノートパソコンが壊れてしまいました。
10年ほど前に購入したThinkpad X30という機種です。
直せるところは直し、増強できるものは増強して使い続けてきましたが、この夏の暑さで、完全に壊れてしまいました。

パソコンはバッテリーなどの消耗部品やハードディスクなどの機械的な部品を除いては、通常の電子機器なので、10年くらいは使えるはずです。しかし、技術の進歩が激しいため、4、5年もたてば陳腐化し、本来の寿命を待たずに買い換えることになります。
その意味では、このノートパソコンは天寿を全うしたと云えます。

私は、一つの物を長く使い続けます。それは、物に対する愛着が強いからかもしれません。
ソフトウェアという目に見えない情報と呼ばれるものを相手に仕事をしているせいか、現実に存在する物への憧れと執着があります。
実際、X30の前に使っていた535も長く使い続け、ずっと捨てられずにいました。

また、道具というのは、使い続けれと手に馴染むようになります。
道具が人に合わせて変化する訳ではないので、自分自身が道具に慣れていくのでしょう。
そして体が道具の特性を憶え、意識せずに自分の手足のように使えるようになれば、心地よさを感じることができます。
ですから、慣れ親しんだ道具というのは、なかなか手放せなくなります。

今回壊れたパソコンについても愛着がありましたが、これ以上の修理は諦め、処分することにしました。割り切ったといえ、リサイクルに出すときは、さすがに寂しさを感じました。

一時期、断捨離という言葉が流行りました。
人はものを所有することで満足感を得ることができますが、逆に所有することで、ものに縛られます。
私は宗教的、哲学的な思想を理解している訳ではありませんが、この頃、ものを増やすことより、身軽になることが大事だと考えはじめています。年をとって気力が衰えはじめたからでしょうか、物に気を配る心のポケットが小さくなったように感じています。

近々、引っ越しを考えています。これを機会に物を減らし、心も軽くして、もっと新しいことや、大事なことに目を向けていこうと思います。




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